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  語れば友よ愉快ぢゃないか

シャワーを浴び、さっぱりしたところで近くのクイーン(Queen)・カアフマヌ(Kaahumanu)・センター(Center)というショッピングモールを訪ねた。まだ完全に打ち解けていない男3人が夕食を決めかねて歩いていたら、お店がどんどん閉まっていく。仕方なくフードランド(Foodland)というスーパーでビールとおつまみを買って帰り、2200から宴会を始めた。同好の士に酒が入ればあっという間に盛り上がる。翌日は早朝から名勝イアオ・ニードル(Iao Needle)を見に行こうという話になった。

今日山峡(やまがい)の朝ぼらけ

同室のT中さんに起こされた。
「0730ですけど、どうしますか?」
がばっと起きた。寝坊してしまったが、自分は走りに来たのだ。行くに決まっている。30分で支度を済ませ、3人で出発した。昨日のスケジュールはハードだったが、時差ぼけもなく体調はばっちりである。イアオ渓谷州立公園(Iao Valley State Park)への道は、朝ということもあり人影まばらで軽いトレーニングに最適な上り。途中、女性ロードレーサーとすれ違った。サイクル・トゥ・ザ・サン参加者だろうか?
公園はカフルイから真西に約10km、標高およそ300mの谷間(たにま)にある。マウイにはこのような峡谷(きょうこく)がそこかしこにあり、「谷の島(Valley Island)」と呼ばれる所以(ゆえん)だ。本物のイアオ・ニードルは谷間にちょこんと突き出た針のように尖(とが)った小山で、想像していたよりも小さかったが実に面白い地形だ。他の山影(やまかげ)も日本のそれと異なり興味深かった。遊歩道にはここが古戦場である云々(うんぬん)を記した説明板がある。川の流れを朱(しゅ)に染める激戦地であったという。
ひとしきり散策して下る。道すがら、ワイルク(Wailuku)近くの高台にある見晴らしのよい住宅地で、威容(いよう)を誇るハレアカラを望んだ。富士山のように頭を雲の上に出していたが、とんでもなく大きい「頭」だった。
朝食はワイルクの市場通り(Market Street)そばのフードコートでとった。昨日の昼からロクなものを食べていないのでバーベキュー・コンボ(BBQ Combo)というボリュームのありそうなメニューを頼む。米国に来たら肉である。私はインチキ検査しかしていない米国産牛肉の輸入には断乎(だんこ)反対の立場をとるが、郷に入(い)っては郷に従え、狂牛病恐るるに足らず。実際に料理が出てきてみると、でかい。多い。1辺30cmほどの四角い容器の半分にご飯が山盛り、もう半分に牛豚鶏肉がこれでもかと云わんばかりに3段重ね。それ以外には野菜のひとかけらも無い。極めて男らしいエサ一品だ。是非3食に分けて食べたいと思った。もう米国ったら何でも大きいんだから!プンプン。もちろんもったいないので残さず頂いた。
寄り道しながら、昼前にはホテルに到着。スマートに自転車を避けてくれる現地ドライバーの運転マナーの良さが印象的だった。

走行記録:距離23km・時間2時間10分・平均速度19.7km/h


いざ征(ゆ)けつはもの日本男兒(だんじ)

午後は単独行動で、ローカルタウン、キヘイ(Kihei)に向かう。地図で見ると南にざっと20km弱か。米国の地図はマイル表示なので距離感がつかみにくい。日本はとっくの昔に尺貫法(しゃっかんほう)をやめたのに、米国は勝手な国だ!プンプン。レースを考えなければラハイナ(Lahaina)やハナ(Hana)にも行きたかったが、遠いので今回は諦(あきら)めた。
T中さんとK村さんに1600には戻ると約束してホテルを出た。北東の貿易風に乗り、快調にモクレレ・ハイウェイ(Mokulele Highway)を南下する。スピードは35km/h程、時には40km/hを越えた。両脇はサトウキビ畑、前方は驚くほど真っ直ぐな幅広い道路が少なくとも5kmは続いている。アプローチする飛行機から見下ろしたあの道だ。左手のハレアカラは相変わらずだが、右手の西マウイ山地(West Maui Mountains)も負けじと広大な裾野(すその)を広げる。あまりに雄大な景色に感動し、デジタルカメラを向けたものの、ズームを目(め)一(いっ)杯(ぱい)広角にしても収まりきらない。“huge”“enormous”という英単語が思い浮かんだ。受験勉強で覚えたことは、意外に残っているものである。
やがて道は片側1車線となり、防風林に囲まれる。マアラエア湾(Maalaea Bay)に行き当たると、南キヘイ街道(South Kihei Road)に入る。地元民が多く遊ぶ砂浜に沿って南下する気持ちよい道だ。西マウイの稜線(りょうせん)はついに海に没し、その先にはカホオラウェ(Kahoolawe)島が現れる。CG(コンピュータグラフィックス)で描いたような風光に恵まれた地は、そのままお伽(とぎ)話(ばなし)の舞台のようでもある。
キヘイは南北5〜6km海沿いに伸びる細長い町で、コンドミニアムが目立つ。街の中心地にはショッピングモールがいくつかあり、賑(にぎ)わっていた。
隣町(となりまち)の保養地ワイレア(Wailea) まであと数kmに迫り、足を伸ばしたかったのだが、そろそろ時間切れのようだ。帰路は向かい風を考えると、平均20km/h前後を覚悟しなければならない。スーパーマーケットで日焼け止めと飲料水を補給し、リゾートを目前にしてUターン。
やはり猛烈な向かい風だった。加えて、日差しも一層厳しさを増した。明日のレースに備え、脚を使い切ってしまわないよう丁寧にペダリング。計器(速度計や距離計など)と睨(にら)めっこしながら、帰着時刻を計算しつつ走る。微分積分の感覚は、こういった場面で生きてくるのだ。エヘン。
カフルイの街が近づいてくると、右側遠くに大きな煙突を持つ工場があった。煙は一直線に南西方向にたなびき、大昔からずっと同様に風が吹いているのだろう、沿道の樹木も同じ形をしている。その延長線上からアロハ航空のB737が進入してきた。すべて貿易風の仕業であるが、これほど視覚に訴える絵は珍しいと思い、振り返って写真を撮った。左下に煙突と煙が見えているのがお分かりだろうか?
計算通り、1600ぴったりにホテルに戻った。あまりに時間がギリギリだったものでT中さんとK村さんを心配させてしまった。申し訳ない。調子に乗って走り過ぎてしまった。ああ疲れた。明日のレースは大丈夫なのか???

走行記録:距離46km・時間2時間4分・平均速度22.3km/h

(はつ)剌(らつ)挙(こぞ)え

返す刀で即ホテルを出発、レジストレーションと前夜祭のおこなわれるパイア公民館(Paia Community Center)を3人で目指す。道順は昨日GPSに覚えさせたのでまったく不安は無い。GPSとは全地球無線測位システム(Global Positioning System)の略で、複数の人工衛星から発せられる信号電波を捉え、受信者の位置を測定する機器である。もともと米国の軍事用に開発されたが、民間にも開放され、我々の身近なところでは自動車のナビゲーションに使われている。最近は携帯電話にも搭載機種があり、生活に溶けこんできた。機器の小型化も進み、今回自分が持ちこんだ物も携帯電話サイズである。昨日河村さんとホテルに戻ったルートを呼び出し、地図上に表示されたそれを辿(たど)ればよい。まったくいい時代になったもんだ。
途中、空港脇から眺めるハレアカラを写真に収めたりしながら、1700前には公民館に着いた。河村さんや他の日本人参加者、応援団も既(すで)に到着していて、お互いに自己紹介し、「チームジャパン」を結成した。
前夜祭は大会参加登録のみならず「パスタ・ディナー」と銘打って、エネルギー源の炭水化物を体内に蓄(たくわ)えようという趣旨でおこなわれる。パスタは大味だったが満腹にはなった。
記念に大会のロゴ入りジャージを購入し、明日の健闘を誓いつつ三々五々帰路につく。表に出ると、沈む夕陽がハレマヒナのたとえようもなく美しいシルエットを浮かび上がらせていた。ほとんどの店が閉まってしまったパイアを少しだけぶらぶらし、ホテルに向かった。

友と眺(なが)めたあの星よ

日は完全に暮れた。自動車の列が途切れると真っ暗闇。頼りないライトに照らされる白線だけを見つめて走る。見上げれば満天の星空。星が多すぎて星座がよくわからない。天の川の流れははっきりと見える。3人とも意見が一致し、明るい街に着く前に、道端に自転車を停めて星空を見上げることにした。自分は夏に人から教わったばかりの天体観測をしてみた。夏の大三角形、白鳥座。視界の隅(すみ)に、すうっと流れ星。
「こんなにロマンチックな状況なのに、男3人とはもったいないね。」
などと云って笑いあう。
カフルイの街に入り、ようやく街灯が見えてきた。明日はレースだが、自分はスーパーに寄ってビールを買った。レジでは身分証明書(ID)の提示を求められた。米国というのは本当に変なところで厳密な国だ。プンプン。いったい何歳に見えたのだろう?レジ係は若い女の子だった。

走行記録:距離25km・時間1時間12分・平均速度21.5km/h

晴れの姿に榮(さかえ)あれ
部屋に戻って明日の支度(したく)を始める。ライトやサドルバッグなど、不要な保安部品をはずし、フレームにゼッケン#444を貼る。日本から持ち込んだ日の丸のシールをサドルの下にぶら下げ、ジャージの背中にも貼った。そして、ジャージのポケットには日の丸の旗をしのばせた。
次は食糧計画だ。レースだからといって特別なことをしないのを信条にしているので、日本から持ち込んだ栄養ゼリーやスポーツドリンクを補給食として用意する。もちろん普段の練習でも摂取(せっしゅ)しているものだ。途中に補給所があるので、ボトルは1本。朝食はチョコチップクッキーとパン、レース前にアミノ酸飲料を飲むことにする。
ひと通り準備を済ませ、あらためてコースマップを眺める。「凄(すご)い」の一言に尽(つ)きるコースだ。雑誌の記事を読んでから約1年、ついに明朝スタートだ。この半年間の練習は、すべて明日のレースのためであったと云っても過言ではない。遠足前日の小学生のように興奮していたが、昼間の心地よい疲れとアルコールが速(すみ)やかに眠りに誘った。多分2200頃であったろう。

 
         
   
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